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住環境と中間領域と人間関係

 現在は核家族化となり、日本の住環境や人間関係の形成が大きく変わってきています。パソコンなどの普及により、世界レベルでの情報収集や連絡手段が格段に向上しました。逆に言えば、顔を見なくても情報交換出来るようになりました。しかし、それはあくまでバーチャルであり、そこには言葉や表情や感情のやり取りで生まれる人間関係の構築は出来ません。

 現在の戸建て住宅や集合住宅の玄関は、そのほとんどがしっかり鍵のかかる扉で、私的空間を堅守しています。防犯上はこれが正解かもしれません。しかし、これは西洋からもたらされた形式であって、昔の日本家屋ではその境界は、土間や縁側などもっと曖昧なものでした。その曖昧な中間領域で、井戸端会議やお裾分けといった近所付き合いが生まれ、地域コミュニティが形成されていました。

 田舎へ行くほど敷地境界は曖昧で、生垣も低くなんとなく中の様子が伺える高さだったりします。近所のおじいさんが、子供達の成長を見守り、時には昔話をし、伝えゆく光景が生まれます。

 先日、娘が保育園で老人ホームへ踊りを見せに行くと、いつも泣いているおじいさんがいると話してくれました。子供たちの踊りを見て感動して泣いているそうです。国が在宅介護を勧めていく中で、そんな光景が施設ではなく地域で生まれ、見守り、気遣い、助け合える関係の構築が大切だと思います。

 集合住宅に住んでいても、隣にどんな人が住んでいるか分からない人も多いでしょう。人付き合いをしたくない方もいます。近所付き合いはないのに、事件や事故がある度に近所の人々は、他所の家庭環境を把握していたりする。不思議なものです。

 全く文面とは関係ありませんが、電気メーター上に巣を作っていたツバメがいつのまにかいなくなっていました。巣立ちが見れなかった。きっと、ここには子供が多いから、安心して子育てが出来ないと思って引越したのかもしれません。写真を撮ったのがいけなかったのでしょうか・・・こっちが見守っていても、ツバメにはいい迷惑だったのかもしれません。。。