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文化遺産探索 亀塚古墳

 今日は、大分市教育委員会文化財課主催の文化遺産探索学習会に参加してきました。

 場所は、大分市里にある亀塚古墳・海部古墳資料館です。

 出身大学のすぐ近くということもあり、学生の頃から数回弁当片手に行ったことがありました。資料館が出来たのも、私が大学4年生の時でした。非常に景色が良く、海山を一望できます。天気が良い日は、本当に気持ちが良い場所です。

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IMG_2552IMG_2553IMG_2558IMG_2562 誰もが小学生の時に歴史の教科書で学んだことのある古墳。大昔の偉い人のお墓、というくらいの知識しかありませんでしたが、エジプトのピラミッドがそうであるように、いつ、だれが、何の目的で、どのように建造したのか非常に興味のあるところでした。

 曇ってはいたものの雨も降らず、美しく整備された亀塚古墳をまずは散策。長さ116mの大きな亀塚古墳と、可愛いミニサイズの小亀塚古墳。

 過去2度の盗掘に遭っていたため、発掘時石棺の中には何もなく、結果誰の墓か、それが男性か女性かも未だ不明だそうです。

 その説明をしている時の資料館の館長さんの言葉が印象的でした。

 「僕は小亀塚古墳が好きで、いつもここへ来ると話しかけるんです。あなたはどなたですか?と。」

 IMG_2563 今日学んだこと。

・亀塚古墳は、地方豪族の墓であると考えられるが、それが誰か、男女かさえ分かっていない。

・造られたのは今から約1600年前の5世紀。

・卑弥呼と聖徳太子の間の時代が、古墳時代。

・仏教は6世紀に入ってきたため、宗教上の目的ではないだろう。

・古墳を事後も様々な行事として利用するための舞台装置としての役割もあったのではないか。

・6世紀からは、古墳も横穴式古墳となり、大きさもどんどん小さくなっていった。

・三種の神器:銅鏡・鉄剣・勾玉。

 非常に面白い探索学習会でした。今度は、どうやって実測し、誰が設計し、建造したのか、そこを掘り下げてお聞きしたいと思います。また、こんな大きな豪族の墓が一般庶民にはどのように映っていたのかも、気になったところです。

 古墳資料館には模型も展示されており、非常に珍しい展示物を見ることが出来ます。まだ行かれたことがない方は、お子さん連れで夏休みにでも是非一度探索することをお勧めします。

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